2009年11月16日 (月)

猟期始まる

今年も狩猟の季節が始まりました。基本的に猟期は11月15日から翌年の2月15日となっていますが、各県ごとに事情が異なる部分があるので、狩猟対象によっては一部地域において延長されています。昨年までと同様、今年も県北東部のシカ猟については2月28日まで延長となっていますが、今年から県南西部も対象となったようです。

猟期が始まってしばらくは鉄砲撃ちもやる気満々なので、フィールドに分け入る場合は十分注意が必要です。登山道などを歩くのと違い、私は低山のチョイ奥や奥山の中腹辺りをうろつくことが多いので、特に危ない(苦笑)。本来は撃つ側が最大の注意を払うべきですが、誤って撃たれてからでは遅いので、こちらもそれなりに神経を使わなければなりません。普段はクマ除け鈴を好まない私も、さすがに猟期の初期だけは例外ですね。

20091116
農道上に付いたばかりの蹄の跡。このちょっと前に犬に吠えられながら逃げていくシカの姿を見かけたので、おそらくその際に付いたものでしょう。

20091116b
私の住む地区は村内でもシカが多いところなので、解禁後は朝早くから鉄砲撃ちが姿を見せています。

人が他の生きものを狩って生活していた事実、それは縄文期など狩猟採集時代まで遡らずとも、割と近代まで続いていました。東北に見られたマタギという狩猟集団が有名ですが、何の産業もない山深い里では、先の大戦前後まで狩猟と採集で生計を立てていた人たちが普通にいたのです。言わずもがな獲った獲物の肉は食料に、剥いだ毛皮は軍事用や交易の商品として扱われていました。現代においては、狩猟はほぼ高齢者の趣味の分野に生き残っていますが、有害駆除という野生鳥獣問題の解決手段の一つにもその技術が活かされています。

狩猟は一方的に生きものの命を奪う行為であるため、自然保護や動物愛護を叫ぶ人たちとは相容れませんが、私は周りから思われているほど自然保護論者ではないので、人の生産活動によって増えすぎた生きものが、同じく人の生活に害なす場合に限り、それを人の手で調整する考え方、つまり野生動物の頭数管理は止むなしと考えています。調整や管理などとはなはだ不遜な言い回しになっていますが、自然界でまかないきれない数にまで増えた野生動物との軋轢は、今や単純な保護一辺倒では追いつかない現実があるからです。もちろん、ちょっと村はずれに姿を見せただけのクマを有害駆除するなどは論外ですが、シカやイノシシ、それにサルによる農作物への被害には看過できないものがあるのです。身から出た錆という意見もありますが、現実はやはり直視する必要があるでしょう。

その狩猟を担う鉄砲撃ちには、時々張り倒したくなるような自分勝手な輩も見かけますが、私の知り合いの範囲では、しっかりとした自然観に基づき野生を敬い、生きものの命を尊ぶ価値観..生きものの命を分けてもらうという考え方..を持つ人もいるので、その辺りは安心しています。しかし、前述したとおり高齢化が進んでいるため、これからさらにその必要性が高まるであろう有害駆除を担う人材は、年々減りつつあるのも事実です。冗談抜きで、シカやイノシシがその数を減らすよりも、案外鉄砲撃ちが絶滅するほうが先かも知れませんね。

| | コメント (0)

2009年11月15日 (日)

晩秋のブナ林

来たる厳しい冬に備え、すっかり葉を落としたブナの木々。晩秋の抜けるような青空に向けて、その針のような枝先が毛細血管のように広がっています。カサコソと落ち葉を踏みしめながら森の中に歩を進め、同じく冬に備えて忙しそうに枝を伝い走るリスを目で追い、遠く北の地より厳しい冬から逃れて来たツグミやアトリの声に耳を傾けます。耳を澄ませて聞く鳥たちの冬のささやきの向こうには、ジェット気流の風の音が響いていました。

20091115

20091115b

20091115c

20091115d
今日は人気の無くなった晩秋の玉原を静かに散策する予定だったのですが、意外にハイカーが多く思惑外れ。仕方ないのでちょっと足を延ばして鹿俣山へ。玉原では尼ヶ禿山のほうが人気があり、本来鹿俣山は穴場のはずなのですが、これまた狭い山頂を占拠して鍋などつつくハイカー軍団にしてやられ、1分も山頂に留まることなく早々に退散。ま、どのみち鹿俣の山頂は展望が開けてないので、スキー場脇に広がるブナ林をのんびりと下ってきました、とさ。

| | コメント (0)

ツグミ渡来

20091115z
このところ北部山域のあちこちで姿を見かけるツグミですが、ようやく我が赤城高原にもやって来ました。早朝に近所の防風林で20羽程度の群れを確認。これであとはシメとレンジャクが姿を見せれば、冬鳥は一通り揃うことになります。

| | コメント (0)

2009年11月13日 (金)

フードコンテナ

20091113
これが通称フードコンテナ。私が所有するものは正式には「Backpacker's Cache」と言い、バックパッカーの食料隠し場所的な意味になるだろうか。

正直なところ、フードコンテナなど観たことも聞いたこともない人がほとんどであろう。これは一体に何に使うのかと言えば、ベアカントリーにおいて、キャンパーがクマから食料を守るために使うものである。強化プラスティック製の角のない円筒形をしており、グリズリークラスの大型のクマが、力任せに押しつぶそうとしても、コロコロと転がるだけで、中身まで手を出すことはほぼ不可能。食料を素のまま保管するよりも、匂いが漏れづらいという利点もある。北米のキャンプ場などでは、頑丈な食料保管庫が併設されていることが多いが、バックカントリーなどでキャンプする場合には、この手のフードコンテナは必携である。

20091113b
北米のキャンプ場にあるフードロッカー

日本屈指のベアカントリーである知床でも、「知床半島先端部地区利用の心得(2008年度 知床国立公園利用適正化検討会議策定)」内にて、半島先端部及びその周辺において野営する場合、フードコンテナの使用を強く求めている。

20091113c
海側から見た知床岬周辺

知床では、遺産登録と並行して自然保護対象地域の核心部や岬への人の進入を制限する案が検討されてきた。実際に岬への船舶による上陸は禁止されている。しかし、半島主稜線を辿るルートや海岸線からのアプローチに関しては、今のところ規制は設けられていないため、夏季に徒歩で岬までやって来る人が後を絶たず、自然保護の観点から早急に立ち入りの制限を設けるべきとの声も多い。ただでさえ、台地状になった岬は増えすぎたシカたちの格好の餌場となっており、貴重な固有植物の群落が食害を受けて減少傾向にあるため、シカの頭数管理と植生回復が急務と言われているのだ。

今回の記事の発端は9月末のこと。まさにその知床岬へ羅臼側からトレッキングで向かっていたキャンパーが、途中の海岸にテントを張ったまま岬へと往復している間に、テントの食料をクマに襲われるという事件が起きた..一人はフードコンテナを持っていたが、もう一人は使っていなかった..のだ。レトルトカレーなどが食い荒らされた形跡があり、クマが味をしめた可能性があるため、現在は岬への出入りは自粛されている。実は7月にも同じ場所で、やはりトレッキング中に食料を狙われる事故が起きており、今回のクマはその時と同じクマではないかと見られている。

20091113d
自分で埋めたシカの死体..彼の地ではこれを土饅頭と言う..を掘り出して食べるヒグマ。クマは自分のものだと認識したものについて、恐ろしいほどの執着を見せる。過去に起きたクマによる殺傷事故の大半は、奪われた荷物や食料(含む人の死体)などを取り返そうとして、クマに逆襲されたものがほとんどである

先の立ち入り制限を設ける考えに反対する意見もある。特にアウトドア愛好家を名乗る、主にはシーカヤックなどで旅をする人たちの間では、上陸禁止に対し反対の声が多数上がっている。彼らの主張は、知床は誰のものでもない、また誰でも自由に行動できる場所であるべきだということらしい。もちろん国民共通の財産である国立公園である以上、ルールに則っての利用については、その通りであるとも言える。

しかし前述のような事故が起きるのも、結果ではあるが事実なのである。しかもそれは事前に十分想定された事態であり、あのような行為..周到な準備もせずベアカントリーに足を踏み入れる..に出れば、当然起きて然るべきであったのだ。

事故の当事者は道外の人で、事情に明るくないから致し方ないという意見もあるようだが、何をかいわんや。知らないから何をしても良いなどと言ういい加減な声が、どれだけ事後の同行為に及ぶ人たち、また関係者に迷惑をかけていることか。彼らのやったことは、知床を知り尽くし、知床の自然を守るべく日夜活動してきた先人たちの行為を踏みにじるものであり、冒涜以外のなにものでもない。フードコンテナを持っていない、または忘れてしまったなどという自分勝手な理由で、自分自身の命やその後にそこを訪れる人の命を危険にさらし、最悪の場合は当事者であるクマの命まで奪うことにもつながってゆくのだ。

20091113e

クマは我々人が作り出した極端な二面性を持つ希有な動物である。一つは、クマのプーさんに代表されるような愛玩動物としての顔。そこから来るイメージはどこか呑気でのろまな感じを受けるであろう。そしてニュース報道に登場する実際の姿と言えば、「どこそこでクマに襲われた」的な、我々人に対して危害を加えてくるという、野生動物が本来持つであろう粗暴かつ強大な強さに対するイメージ..これを凶暴と書くことでさらに悪いイメージとなる..に他ならない。縫いぐるみのクマは人は襲わない。しかし実際のクマは人を襲うこともあり得る..それとて「時と場合によっては」という前段があるのだが..という当たり前の事が、どれだけ一般に認知されていないかと言うことだろう。

20091113f

大型犬程度のツキノワグマでさえ、ひとたび怒れば人を殺傷するのはたやすい。それがヒグマともなればなおさらで、とりわけ北米大陸の北部に分布するグリズリーは巨大かつ強大だ。ツキノワグマがせいぜい大きくても120kg前後..平均すると80前後だろう..であるのに対し、アラスカ州のコディアック島に棲息するブラウンベアは、最大では700kgを超える個体もいるのだ。とても人の太刀打ちできる相手ではない..

20091113g
このキャンプサイトで事件は起きた..

私が以前、南西アラスカのカトマイにおいてキャンプした際、早朝..白夜で一晩中明るいのだが..テントの外に気配を感じ、何事かと入り口のジッパーを下げて外を見ると、目の前ほんの数mのところを、今自分が入っているテントよりもはるかに大きいクマが、それこそのっしのっしと通り過ぎて行くのを見たことがある。思い出すことさえ冷や汗ものなのだが、件のクマはこちらに一瞥くれるだけで、素知らぬ顔で湖岸へと去っていったのだ。クマが去った方向からは、注意喚起すべくフライパンやコッヘルを激しく叩く音が響いてきたが、私は恐怖でしばらくテントから出ることができなかった。もちろん食料はフードロッカーに収めてあり、何より時期的に川にサケが遡上していたので、クマたちは人にはほとんど興味を示さないのだが、このとき肌身に感じた恐怖は、ヒグマという地上最強の肉食獣と対峙したことのある人にしか理解できないことであろう。

20091113h
コンテナの蓋には「SAVE THE BEARS」の文字が。クマから食料を防ぐためのコンテナに、クマを守れの文字が印されていることの意味が、果たして事故の当事者にどれだけ理解できるものか..

※クマとの遭遇、その時あなたは..
http://bigdipper.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_fa9c.html

| | コメント (2)

2009年11月12日 (木)

Z1

先日某所で紅葉撮影後に駐車場に戻ったところ、車の前に懐かしい単車が駐まっているのに気付きました。それは見る人が見れば判る、知る人ぞ知る名車..

20091112
カワサキZ1ことZ900、通称「900 Super Four」です。Z900は、1969年に先行して発売されたホンダのCB750Fourの対抗車として、1972年に国内初のDOHCエンジンを搭載した大型車として登場しました。メーカー自主規制を受けて、750cc以上は国内販売されなかった関係上、翌年には弟分のゼッツー(Z2)ことZ750RSが登場、以降はZ2にその主役を奪われた形になっています。当時カワサキはこのクラスの単車をザッパーという呼称で呼んでいましたね。

Z1もZ2も世間的には不良少年が乗る、いわゆる暴走族御用達のイメージが定着していますが、私らの世代..懐かしいところでは「あいつとララバイ」とか..ではH1やH2と並んで憧れの単車であります。全体のイメージを印象づけている流線型の燃料タンクに4本マフラー、造形美あふれるDOHC四気筒エンジンに砲弾型のメーター、低速時に聞こえてくる独特なカムチェーンの音など、古い言い回しで恐縮ですが、いわゆる「しびれる」って感じです(笑)。

そばにいたオーナーは私より年下で、当然このZ1は中古で手に入れてレストアしたとのことです。懐かしの4本マフラーこそ付いていませんでしたが、見た感じ程度が良かったので、私が写真を撮らせてくれと言うと、嬉しそうに入手経緯などを話してくれました。Z1はすでにクラシックバイクの域に入った単車ですが、今時のノスタルジーに浸ったような懐古デザインにはない、いわゆる本物の男の単車の匂いをプンプンさせた、永遠の不良バイクと言えますね。

| | コメント (4)

2009年11月11日 (水)

蒟蒻収穫期

20091111
この秋の天候不順で、収穫を前に畑の作物が皆枯れてしまいました..

20091111b
こちらではコンテナまで準備してあったのに..

20091111c
というのは冗談ですが、我が村では今は蒟蒻芋の収穫が最盛期を迎えています。先の2枚の写真のように、地上茎が枯れてからが蒟蒻の収穫時期となります。専門的には「茎葉が倒伏する」というらしいですが、知らない人が見たら、作物が生育不順で枯れてしまったと勘違いするでしょうね。

20091111d
冠雪した谷川連峰や上州武尊山を背に、蒟蒻農家総出で収穫に当たる風景は、晩秋の赤城高原の風物詩です。

| | コメント (0)

2009年11月10日 (火)

待ち伏せ

20091110
いつの間にか対岸のスギの若木に、オオタカのこれまた若鷹の姿が。定点の場合、大抵は稜線付近から空近くに視線を投げているので、谷部など低いところを飛んで移動されると気がつかない場合があります。特に今日のような尾根筋に陣取っている場合は難しいですね。こちらとは谷を挟んで約200mほど離れているので、私の存在には気付いている..時々レンズ越しに目が合う..ようですが、特には気にしていません。それよりも、50羽ほどで目の前を飛び交っているアトリが気になってしょうがないようです。結局アトリは下流方向へ行ったきり戻ってこなかったので、この若鷹も小一時間ほどでどこかへと飛び去りました。

とかく猛禽類というと豪快なハンティングをイメージしがちですが、意外に辛抱強く待ち伏せしているものです。普段ワシやタカを目にする場合、大概は空を飛んでいるケースがほとんどです。当たり前ですが、空抜けで飛んでいるシルエットはよく目立つからですね。そういった姿を多く見かけることで、常に飛んでいるようなイメージが先行しているわけですが、ワシやタカとは言っても飛ぶことはそれなりにエネルギーを消費します。野生下では次にいつ餌にありつけるか判らない状態ですから、なるべく省エネで行動するのが生活の知恵というもの。経験の浅いオオタカの若鷹と言えど、そうそう闇雲に飛んで獲物を追いかけるというものでもないということです。

20091110b
今週は明日からしばらく雨模様とのことで、フィールドワークは今日まで。午前中は結構良い天気だったのですが、お昼頃より薄い雲が広がりだして遠望が効かなくなりました。視界が効いてなんぼの商売なので、遠くの稜線をかすめて飛ぶ子天狗を見送ってから、涼しくなった山を後にしました。

| | コメント (0)

2009年11月 9日 (月)

忍び寄る外来種の影

20091109
先週末は、私の所属する研究会の役員会に出席するために、某所に出張していました。翌日はさらに某所での嘆かわしい状況を視察。メディアの軽率且つ安易な情報発信が、いかに危機的な状況を生んでしまうのかという事実を目の当たりにして、何とも先行きの暗い状況に、憂鬱な気持ちを引きずって帰ってきました。

さて、憂鬱な話などしてもつまらんので、今日の記事は先週の寒波到来その前日に遡ります。いつものように朝の散歩を兼ねて、トラップカメラの点検に近所の森に分け入ると、聞き慣れない鳥の声が聞こえてきました。最初はこんな時期にクロツグミが?と思ったものの、一瞬だけ藪の中にチラッと見えたその姿は、紛れもなくガビチョウのそれ。同じく赤城山の南面に、カオジロガビチョウが居着いているのは知られたところですが、北面側でその同属が確認されるのは珍しいことです。

寒さに弱いとされるガビチョウが、折しも初雪の前日に、標高700mの赤城高原に姿を見せたことは気になるところです。果たしてこのまま居着くのか、たまたま通りがかっただけなのか。外来種が在来種に対し様々な影響を与え、その脅威となっている例は数知れません。あれからその特徴的な大きな声を聞いていませんが、今しばらくはガビチョウの動向を注意して見守りたいと思います。と、やっぱり憂鬱な話題になってしまった(苦笑)。


サウンドレコーダーを持っていなかったので、映像を適当に撮った7Dの動画から、音声の一部を切り出してMP3に変換してみました。7Dは5DMk2と同様にステレオマイクを内蔵しており、外部マイクが無くてもとりあえず音は拾えます。それに後発だけあって、5DMk2よりもメカノイズは少なく、サンプリングレートも48KHz..5DMk2は44.1KHz..と高くなっています。
MP3 128kbps/48KHz

| | コメント (0)

2009年11月 6日 (金)

久しぶりに踏査

20091106
午前中は、一昨日天狗様が突っ込んだまましばらく出てこなかった森へ。おそらく狩りに成功したものと思われ、その場合は時間的に見てその場で獲物を解体した可能性が高かったので、2時間ほど周辺を踏査。肝心の捕食痕は見つけられませんでしたが、あちこちにクマ糞が落ちており、それはそれで成果ありです。

20091106b
午後は尾根筋ポイントへ。すっかり葉が落ちた周囲の景色は、もう冬への準備万端です。日当たりの良い斜面は人工林が占める割合が高いのですが、一部のカラマツが最後の黄葉を見せ、晩秋の景色にアクセントを付けています。

20091106c
先月から食事も秋冬モードに移行し、カップラーメンが主食になっています。この秋は某プライベートブランドの担々麺がマイブーム。麺をすすった後、残ったスープに梅おにぎりのご飯のみを投下、後半は雑炊でいただいています。

| | コメント (0)

2009年11月 5日 (木)

平らな山

利根沼田地方で平らな山..変な日本語だ(笑)..と言えば、ほとんどの人が三峰山を指差すでしょう。昨日の記事中1枚目の写真で、谷川岳の手前に写り込んでいるのが彼の山。関越道で北上し、沼田を過ぎてほどなく右手に見えてくるのですぐに判ります。

20091105
赤城高原など、標高が高く且つ北西方向が空けているところまで上がると、上越国境の山々の奥に山頂が平らな山が見えます。それが写真の中越の名峰、苗場山(標高2145m)です。よく知られたところでは苗場スキー場がありますが、実際は結構離れていて、登山道も反対側の秋山郷からのほうが近いようです。平らに見える山頂付近には池塘が点在し、そこにミヤマイ(深山藺)というイグサの仲間が自生していて、それが田んぼのように見えることから苗場山と言うそうです。今朝は朝から東側の空に雲がかかり、日の出時間になってもしばらく上越国境の山々に日が当たらなかったのですが、一番最初に照らされたのが写真の苗場山でした。

20091105b
私はもともと西毛の出身ですが、その高崎界隈から見える平な山と言えば、写真の荒船山(標高1423m)が有名ですね。写真右側が艦首に当たる艫岩、左側のピークが艦尾に当たる経塚山で、その姿を荒海を進む船に見立てたところからこの名前があります。子供の頃の心象風景として、夕暮れに浮かぶ特徴的な平らな姿は、浅間山や妙義山と並んで心に深く刻まれています。

20091105c
今日は昨日とは打って変わって、思いっきり暗い空の下でした。どのみちデスクワークの都合で出撃も遅く、近場の現場に入ったのですが、対象もお昼頃に出てそれっきり。早々に北部フィールドは引き上げて、ちょっと思い立って、最近ややきな臭い某所へ下見に出掛けてきました。

| | コメント (0)

«初霜