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2008年10月26日 (日)

デジスコの功罪

一眼レフカメラに望遠レンズを装着して鳥を撮ろうとすると、総じて初心者やアマチュアの方は大きく撮せないことに悩むことになります。相手は羽があって飛んでいってしまうので、むやみに近づけば逃げるに決まっていますから。

そこで登場するのがデジスコですが、デジスコはレンズにフィールドスコープを利用するという構造からして、対象物を大きく撮すことに長けているわけですが、それは決して遠くの被写体を大きく撮すこととは同義ではありません。

撮影距離が伸びるということは、自ずから被写体とレンズの間の空間が広いことを意味し、被写体との間に空気の層を挟んでいることになります。空気など無色透明だと考えている人もいるかも知れませんが、地面が暖められることで発生する上昇気流に伴ういわゆるヘイズ..春先の霞みや夏場の逃げ水なども同じ理由..の影響は、思っている以上に大きいのです。

そう言った大気の揺らぎの影響を受けずにそこそこ大きく撮すためには、やはりそれなりの距離まで近付く必要があります。厳しいことを言ってしまえば、撮影対象となる鳥の生態を知り、現場で観察しつつ行動を調べ、いかにして相手に影響を与えずに撮影するかという地道な努力も無しに、いきなり長い玉で上手く撮影しようなどとは虫が良すぎます。

そこでデジスコ..とは何ぞやと言うのはここでは割愛..の登場となるわけですが、今や鳥の写真撮影の世界ではブームとも言うべきデジスコにも光と影の部分が見え隠れしています。

デジスコを薦める人たちの口上を聞いていると、離れたところからでも大きく撮せるので、鳥にプレッシャーを与えずに済むといったことを耳にします。しかし実際の撮影現場においては、一眼レフカメラと望遠レンズで撮影する人も、デジスコで撮影する人もまったく同じ撮影位置から狙っていることがほとんどで、それが単なる詭弁に過ぎないことはすぐに判ります。少なくても私自身は、デジスコカメラマンが離れたところから撮影しているのを見たことはありません。

それよりも、高価な望遠レンズを使わなければ撮せないという、以前ならばある意味特殊な分野であった鳥の写真撮影を、それに比べれば安価な費用で行えるように敷居を低くしたことのほうが大きいでしょう。今までは姿を眺めて喜んでいただけの人たちが、自分の持っているフィールドスコープにデジカメをつなげば、プロ並みの写真..ものすごく陳腐な表現だが(笑)..が撮れるとなれば、そりゃ誰でもやってみたくなるのが人情ですしね。

そしてその結果何が起きたかと言えば、鳥の生態や自然界の仕組みもろくに知らない人々..鳥が好きだから詳しいとは限らないのだ..による、鳥や自然界へのプレッシャー..ここでは悪影響と言い換えても良い..の増大なのです。アカショウビンやアオバズクなど、一部では絶滅すら危ぶまれている鳥の情報などが流れれば、それはもう何をか況んやで、この夏もそんな話をあちこちで耳にしました(※)。

20081026
立ち入り禁止も何のそので、機材のセットに忙しいカメラマンたち(写真右奥)。性格的に黙っていられないので注意して一旦は外に出しましたが、私が去ったあとにどうなったかは想像に難くありませんね。4人連れのいい歳したおっさん達でしたが、3人はデジスコカメラマンでした。禁止線の手前からも十分狙えるのにまったく..

あくまで私見なので極端な言い方になりますが、功罪としてみた場合、安価で手軽に鳥の撮影が出来るよう敷居を下げた功績よりも、我も我もと写真撮影に血道を上げる愚かな集団を作り上げた罪の方が大きいでしょうね。何より誰でも簡単に鳥の写真を撮せると啓蒙する以前に、鳥や生きものそして自然と接することは、安易な行動の上では成り立たないことをまずは教えるべきでしょう。

※このような状況はデジスコカメラマンに限った話ではなく、鳥の撮影をするカメラマン全般についてであることは、言うまでもありませんので念のため。

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コメント

はじめまして
ウィンバリーの雲台記事から巡って参りました。(私はサーフィン等の撮影のために購入しましたが(笑))

デジスコの功罪・・・同感です。
私は山も登りますが、近年の中高年の登山ブームと写真ブームのせいで悪影響が目立ちます。

マクロ狂のいい年した爺さんが湿原の立ち入り禁止区域にずかずかと入り、高山植物を撮っている。

私もそういうのを見過ごせる性質ではないので、注意をすると「あんたは何の権利があって?」と逆切れされる始末。

 自然にお邪魔させてもらう・・・という謙虚な気持ちのない輩には退出してもらいたいものです。

また時々、ブログ拝見させてください。

近頃の若い者は..なんて言われながら私らは育ちましたが、
昨今のいい歳したおっさんおばさん達の行動には目に余るものがありますね。
自然界には守らなければならないものと、
守るべきことがらがあることにどうして気が付かないのか。
戦後の経済成長を牽引してきた世代ではあるのでしょうが、
やって良いことと悪いことの分別がつかないのでは、
これから増えるであろうサンデー毎日の人たちには先が思いやられます。
と言いつつも、聖人君子でもない明日は我が身であるのもまた事実なので、
努々気をつけねばとも思います。

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