カテゴリー「里山」の41件の記事

2009年10月19日 (月)

小さな柿

ご存じの通り、柿は大別すると甘柿と渋柿とに分けられます。最近では品種改良で寒冷地でも甘く熟す種類もあるようですが、一般的に寒いところでは甘柿も甘くならずに渋柿となってしまいます。我が県で言えば、概ね渋川以北では甘柿は珍しいと言えますね。

渋柿の渋さはタンニンという成分にあり、これが水に溶け出しやすいことから、果肉の渋みが強くなります。アルコールに漬けたり干し柿にすることでタンニンは抜くことができるので、渋柿だから食べられないということではありません。実が熟して柔らかくなっても同じような効果がありますが、普通その状態で実を採ることはまれなので、大体どこでも鳥たちの餌になっていますね。晩秋の頃、甘党のヒヨドリやムクドリ、それにアオゲラ辺りを見掛けることが多いようです。

その昔、田舎で甘いものと言えば、あんこかイモくらいなもので、中でも柿は子供たちの大切なおやつとして重宝されました。大抵どこの家に行っても庭先や畑の畦に柿の木の1本も立っており、時期が来れば家族で柿もぎをする風景が見られました。が、今ではお菓子など甘いものが普通に出回るようになったため、過疎化が進んだことも手伝って、柿の木は実を付けたまま放置されることが多くなっています。そしてその結果、里山近くの野生動物たちを誘引する原因の1つになっています。最近では、そんな里に現れて柿の実を食べるクマを防ごうと、一般から参加者を募集して、クマより先に柿の実を収穫してしまう..もちろん柿の実はお土産で持ち帰る..イベントが、クマ対策の一環として行われています。

一応我が家にも柿の木があるのですが、何年か前にうっかり刈払機で傷つけてしまってから機嫌を損ねたとみえ、どうも実を付ける気配がありません。まあどうせ実が付いたところで甘柿にはなりそうもないのですが、鳥たちの餌にしたいと思っているので、それまではと辛抱しているところです。やっぱり柿は8年でしょうかねぇ..

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写真は近くの防風林に植わっているシナノガキ。中国原産で柿の野生種に当たるらしく、その実は小さいですが熟せば食べられます。とは言えやはり寒冷地では甘くはならないので、誰も近所でも食べる人はいませんね。これから北風が吹き付けるようになり、天然の干し柿状態に近づく頃は、鳥たちが端からきれい平らげることになります。

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2009年9月28日 (月)

曼珠沙華

今頃になって秋雨前線がウロウロし出しましたが、お彼岸前後はヒガンバナ(彼岸花)の咲く季節。農地、特に田んぼの畦には、その独特な形状の赤い花を付けているのが見られます。観光用に群生しているのを見かけることもありますが、本来は有毒植物..全体的に有毒だが、特に球根にアルカイド系の毒が多く含まれる..であることを利用して、田んぼの畦に植えられます。大切な畦に穴を開けられては困るので、モグラやネズミなどを追い払うのがその目的なのです。

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小豆島池田町の棚田(千枚田)。そのほとんどが自家消費用であり、主に観光向けに残された棚田ではありますが、その畦にはしっかりとヒガンバナが花を付けていました。ヒガンバナは球根による多年草なので、夏草の刈られたよく手入れの行き届いた畦に、9月の初秋の日が射すことで花を付けます。

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初めて見ましたが、写真は小豆島の友人宅に咲いていた黄色いヒガンバナ。この他、赤以外に白い花もあるようですね。曼珠沙華という別名が、仏教で言うところの白い花を指すらしいので、そういう意味もあるのかも知れません。

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2009年9月 9日 (水)

映画「里山」

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今朝はこの秋一番の冷え込みでした。吐く息が白くなった..というのは冗談ですが、大雪山系の黒岳で昨年よりも二週間早く冠雪したようですから、あながち大げさな話ではありません。もちろん実際の気温は10℃台半ばを割り込んだ程度なのですが、前日比でいきなり涼しくなると体感ではそれ以上に感じますね。

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買い物に出たついでに見てきました劇場版「里山」。以前に某国営放送で流したのを見ていたので、当初はその気は無かったのですが、やはり映画館の大きなスクリーンでの鑑賞誘惑に負けてしまいました(笑)。まあ日本のネイチャー系ドキュメンタリーを、映画館で観る機会はそうそう多くはないですからね。

内容はテレビ放送とほぼ同じといえば同じですが、一部に新たな映像を追加して編集し直しています。映像的にはさすが天下の某国営放送、金をかけている..いや手間暇かけているだけのことはあり、ハイスピードカメラによる撮影や徹底した定点撮影を使い分け、里山を巡る季節感を見事に演出しています。特にひこばえが芽吹くシーンなどは良いですね。

この手のある種総花的な世界観を映像としてまとめたものは、往々にして観る人によってはアレが足りないコレが足りない、アレが要らないコレは蛇足だなどとなりがちですが、近年の里山を椎茸のほだ木作りを中心に、当事者である1本のクヌギの古木にストーリーを語らせることで、その辺りを無難にをまとめているように思います。強いて言えば、今森光彦氏の里山には稲作環境の概念もあったはずですが、それはまた別の機会と言うことなのでしょう。もっとも本来の里山の定義は、薪炭林を中心とした雑木林を指す言葉だったはずなので、これはこれで良いのかも知れませんが。

ちなみに私的に蛇足に感じたのは、新たに追加されていたアカショウビンの捕食シーンかな。里山という環境下ではあまり馴染みのない生きものなので、少々唐突というか違和感がありましたね。

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2009年8月27日 (木)

山野の秋の花

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ススキが穂を付けるなんて言うと、下界の人たちは秋をイメージするかもしれませんが、山間地や高原では8月ともなると普通に目にするようになります。意外に知られていませんが、ススキはいわゆる萱、つまり萱葺き屋根に使われる材料のことで、その昔まだ萱葺き屋根が一般的だった時代には、沼地などの湿地や谷地などから大量に採取されていました。今はもう建材としての役割を終えており、湿地は埋め立てられ、谷地は植林地へと変わっていたりします。何れも人の生活様式の変化に伴う、里山環境の消滅要素と言えますね。

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山野はまだ深い緑に覆われています..植林地は一年中だけど..が、日当たりの良い草地には秋の花が咲いています。これは多年草のツリガネニンジン(釣鐘人参)で、本種は普通は薄い青紫の花を付けますが、写真のは珍しい白い花です。花の形から釣り鐘の名がありますが、人参というのは根が朝鮮人参に似ているからで、本種の根も漢方生薬として扱われます。

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オトコエシも秋の花ですね。和名の男郎花は、女郎花(オミナエシ)の対比から付けられたそうで、オミナエシに比べて大きく毛深いからだとか。もっとも、オミナエシは黄色い花を付けるので識別は容易です。

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2009年6月15日 (月)

雨蛙

早朝より濃霧に包まれた利根沼田地方ですが、それも日の出とともに霧散し、雲間に青空が広がりました。先週の棚田撮影で追加リクエストがあったので、貴重な青空を無駄にせぬよう、山行前にまずはひとっ撮り。

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撮影を終えてビデオ機材を片付け、今度はAMEを装着した5D片手に畦を見回すと、すぐ足下にアマガエルを発見。周辺を探すもまだカエルはこの一匹だけの様子。これは正式にはニホンアマガエルと言って、国内では最もポピュラーなカエルの一つ。ふつうカエルは春の繁殖期に鳴きますが、アマガエルは天気予報よろしく、湿度が高くなっても鳴くことでその名前があります。我々の世代では「けろっこデメタン」で通りますな(笑)。

子供の頃はよく捕まえて遊んだ..ここでは書けないような仕打ちの数々、あぁ子供って残酷(苦笑)..ものですが、触った後はよく手を洗うようにと、理科の先生に言われた憶えがあります。大人になってから知ったことですが、体表を覆う粘膜に微量の毒が分泌..カエルの仲間はカビや細菌の繁殖に弱いのでその対策用らしい..されていて、それが目に入ると危ないからだったようです。あの頃は全然そんなことは気にせず、皆でいじくり回していましたが。

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さらにそろそろとレンズを繰り出し顔の前に差し出すと、プイっと横を向いてしまったので、今度は対角魚眼で魚眼接写。アマガエルは水辺のカエルですが、古来より稲作文化の発展とともに、田んぼという止水域をその主たる生息場所としてきました。生きた昆虫を好み、田んぼに発生するいわゆる害虫の類を食べることから、里山的には大切な役割の一翼を担う生きものと言えます。その雨蛙色とも言うべきモスグリーンが、棚田の畦によく似合いますね。

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雨と言えば、棚田から足を延ばした北部フィールドにも、お昼前には青空が広がっていたのが、午後にはあっという間に雨模様。これが通り雨なのか本格的な夕立なのか、山ではいつも迷うところですが、朝の天気予報では午後は夕立があるような話だったので、やむなく撤収撤退。急ぎ足で沢伝いに降りたところで、頭上で雷鳴が轟き、取り敢えず今日の判断は正解。何しろ背中にカーボン三脚背負ってるので、尾根筋など遮蔽物のないところでの雷雨は命取りとなります(怖)。

EOS5D Mk2(AME、AT-X 107 DX Fish Eye)
COOLPIX P6000

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2009年6月12日 (金)

利根里山巡り

貴重な青空が広がる中、四季折々にお邪魔している利根沼田の里山をぐるり。一つは仕事絡みでのビデオ撮影で、田植えと青空の両方が揃うのを待っていた次第。

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棚田も一部を除いてはすでにその役目を終えており、ある程度開けた場所では、土地改良を含む圃場整備で姿を消しつつある。それでも山間の谷地では細々と残っているところもあるが、それさえ観光資源としての復刻版となりつつあるのが現状だ。棚田は日本の田舎の原風景であるわけだが、利便性を追求した合理化によって姿を消し、反面懐かしい郷愁に請われつつ復刻するという、何とも数奇な運命に踊らされているなぁなどと、ついぞ穿った見方の一つもしたくなる。

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里山巡りは光線状態の良い朝から午前中のうちに済ませ、雲が広がりだしたお昼からは北部フィールドへ。梅雨入りで勢いを増すエゾハルゼミに混じって、沢伝いにカジカガエルの鳴き声が聞こえるようになった。

EOS5D Mk2(EF17-40/4L、EF28-300/3.5-5.6L IS)
COOLPIX P6000

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2009年5月24日 (日)

薪炭林

大ざっぱに言うと、日本の国土の約7割近くが森林になります。これは森林大国である北欧の国々や南米のブラジルなどとほぼ同じ割合で、ジャングルをイメージさせるような熱帯降雨林を擁するインドネシアやマレーシアよりも多い数字です。ただ、これを国民一人あたりの面積比とすると、先の国々よりも一桁少ない数値となることも事実です。

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天然林と人工林が混在する日本の森林環境。

森林の形態をこれまた大ざっぱに分けると、人の手によって植林された人工林と、自然発生的に木々の自生する天然林とに分けられます。地域によってかなり幅はありますが、平均すると人工林が約4割、天然林他が約6割と言ったところでしょうか。

天然林と一言で言っても、人手が全く介在しないという意味では、それは原生林という言葉が適当になります。が、現在の日本にはそのような森林はほとんど残されておらず、逆に言えば天然林のそのほとんどが二次林または再生林、つまり何らかの人手が介在して存在するものと言えます。建築材や建具、パルプ材として利用することを前提にした植林地..主にスギやヒノキの単一樹種..は人工林ですが、それ以外の雑木林や里山と言われるような森林環境は二次林になります。

話は逸れますが、原生林は北海道や西表島の一部に残される..亜高山帯や多雪地帯の崩落地形地を除く..のみで、現在の日本列島には「手付かずの大自然」などという、メディアが好んで使う大それた自然環境はもう残ってないと言うことです。

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人工林には定期的な手入れが必要。これは檜林より間伐された材の山。

純粋な原生林でなく二次林が多いのには理由があります。現在のように化石燃料が一般化される以前の燃料は、主に薪が使われていました。それは都市部を除き、経済発展を遂げる高度経済成長期まで続きます。特に戦時中から戦後にかけて、国内の森は燃料として利用するために集中的に伐採されてしまったため、現在の森の姿はその後に再生した二次林というわけです。

広葉樹を薪や木炭として利用するために伐採、おおよそ15~20年サイクルでひこばえと呼ばれる萌芽更新によって森林が再形成、くわえて定期的な伐採や下草刈りによって森林が維持・管理されます。樹種は東北以南であればブナ科のコナラやクヌギが多く、自然に発生したその他の雑木も薪として利用されます。

前置きが長くなりましたが、このように燃料としての薪や木炭を生産する目的で維持・管理される森林を薪炭林と言い、戦後の拡大造林が始まるまでは我が県でも各地に見られました。が、化石燃料が主流の現在においてはすでにその役目を終え、ほとんどが手入れもされずに放置されているのが現状で、昨今指摘されるいわゆる「山が荒れた」状態となっています。

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日々訪れる北部フィールド内に点在する伐採地跡。皆伐されてから十数年が経過していますが、その後に新たな植林も行われていないため、自然発生的に無造作に雑木が伸びています。林床は比較的開けており、季節ごとに様々な下生えも生えるため、餌を求めて動物たちもやって来ます。雪解けの春先によくクマを見かけますし、先々週はアナグマを、つい先日はタヌキの夫婦にも遭遇しました。とあるカモシカの縄張りでもあるため、カモシカはほぼ一年を通して見かけます。

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これは前出の同じ森に見られる、薪炭林の名残とも言うべき半世紀以上前の遺物。木炭、つまり炭焼きを行っていた頃の窯の跡です。当時は切り出した材を麓まで運ぶのではなく、その場で窯にくべて炭にしてから運び出していました。半世紀の時を経て風化が進んでいますが、丸い窯の跡が見て取れますね。

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山の中を踏査していると、標高の高さにかかわらず、森の中至る所でこのような窯の跡を目にすることができ、当時の薪炭林としてのこの森の役目、そしてそこに従事していた地元の人たちの営みを感じることができます。森の中に入って、時の流れを感受する瞬間でもありますね。

GR DIGITAL
COOLPIX P6000

で、話の本筋はというと、往事の人々の薪に頼った生活が、実は天狗様の棲息環境と密接に関係しているという点にあります。でもその話はまた次の機会に譲りましょう..

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2009年5月18日 (月)

田植えの季節

利根沼田地方では、里山の桜が花を咲かせる頃に田おこしを始め、そろそろ霜も降りなくなる5月上旬辺りから順次田植えを始めます。子供の頃住んでいた県南では小麦との二毛作が普通だったので、5月の田植えにはかなり違和感があった..高崎辺りでは前述の理由で6月中旬が田植え時期..のですが、今はすっかりこちらがスタンダード。私がフィールドとしている北部山域の里山では、例年通りエゾハルゼミが鳴き出す頃と一緒です。

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シュレーゲルアオガエルが鳴いています。シュレーゲルアオガエルは、ぱっと見はアマガエルやモリアオガエルに似ていますが、大きさはそれぞれの中間くらいでしょうか。利根など県北では水田に水が入ると同時に姿を見せ、田植えのこの時期に終日コロコロと鳴いています。声はすれども姿は見えずの言葉通り、鳴いているところを見つけるのはなかなか難儀ですね。ちなみに外国籍のような聞き慣れない名前は、最初に名前を付けた人からとったもので、オランダのライデン自然史博物館の館長だったヘルマン・シュレーゲルに由来しているそうです。とは言え本種はれっきとした日本固有種ですけどね。


田んぼに集まったシュレーゲルアオガエルの合唱。
MP3 128kbps/48KHz

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いや今日は暑かったですね。夏日ともなるとブラインドの中は一気にサウナと化します。天狗様からは死角になる背中側を開けておきたいのですが、先週の強風で張綱の一部が切れたままなので、それもかなわず。早く直さなければ。

COOLPIX P6000

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2009年4月29日 (水)

薬草は毒草

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奥山から里山へと続く谷地に広がる農耕地。周辺の木々はまだ芽吹き始めたばかりですが、畑にはすでにマルチが張られて、今シーズンの納期への準備は整いつつあります。ここは以前クマの足跡を見つけた場所で、畑の持ち主もそのことは知っているようですが、話を聞いた感じでは取り立てて騒ぐ必要もないと、わりと楽観的なので好感が持てます。目立って被害が出てない以上、ことさら話をややこしくする必要はないですからね。

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隣接する森に足を踏み入れると、センダイムシクイやヤブサメの声が聞こえてきます。木漏れ日の差す林床にはカタクリやクサノオウが春の花をつけていました。写真のクサノオウは、ものの本によれば内臓疾患等に効果があるような話しも散見しますが、その成分にはアルカロイド系..カフェインやソラニンの他、ニコチンやコカイン、それに猛毒トリカブトのアコニチンも同成分..の成分が多く含まれるため、薬草と言うよりはほとんど毒草と言ってもいいでしょうね。昔は皮膚疾患にも使われたこともあるようですが、取り扱いを誤ると死に至ることもあるので、野草だからと安易に手を出すのは気をつけるべきでしょう。

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ガイド仕事で知人を案内して某ブナの森へ。帰りがけに道筋の谷を見下ろすと、両脇の森の感じが異なっているのが判ります。左岸側は芽吹きの始まったカラマツの人工林、右岸側はまだ芽吹き前の自然林です。一見同じような地勢ではありますが、方や県有林、方や民有林と言ったところでしょうか。

COOLPIX P6000

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2009年4月17日 (金)

サル隠れ

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里の空き家周辺でサルの一群に遭遇。車から降りると蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げていきますが、中には遠くまでは行かずに近くに身を隠す輩もいます。写真の中に2頭ほど隠れているのが判りますかね。

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だるまさんが転んだ状態で少しずつ移動してまず1頭見っけ。このようにあまり遠くまで逃げない個体は、そこそこ人慣れしている証で、この季節は人が何も危害を加えないことを知っているようです。よく話題になる日光のサルのように、人手から餌をもらうまでには至りませんが、人を恐れないというのは、そのまま作物などの食害問題に直結するので好ましくありませんね。と言いつつ、もう少し近づこうと足を踏み出した途端、歯をむき出して威嚇しながら逃げていきましたが。

写真の空き家は山から下りてきてすぐ里に近い谷地の中にあり、その昔なら日常的に人の息吹が漂い、当然のごとく飼い犬なども放し飼いされ、里と奥山との緩衝帯のような役割を果たしていたはずです。言い換えるなら、人里と野生の狭間にある結界のようなものです。それが過疎化が進むにつれ結界としての効力も薄れ、野生の里への侵入を許す原因の一つになったと言われています。何も便利な生活を捨てて山に住めなどという話ではありませんが、里山に暮らしてきた昔ながらの日本人のライフスタイルも時代とともに移り変わり、それまで微妙に保たれていた野生との距離に明らかな変化が起きていることを伺わせます。ま、今に始まった話ではないですがね..

EOS-1D Mk3(EF100-400/4.5-5.6L IS)

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