遠く離れようとも
その存在感は特別。8kmくらい離れてんだけどね。
その存在感は特別。8kmくらい離れてんだけどね。
みちのくのブナの森は気持ちいいほど晴れ渡り、汗ばむ陽気に雪解けも進んでいます。
ブナの森はクマの森。大木の幹にはあちこちその痕跡が見られます。
クマが好物とするミズバショウは、成長すると葉っぱだけやたら大きくなって、世間一般で持たれているイメージを損ねますが、このくらいのサイズがまあ鑑賞にはちょうど良い感じでしょうか。それにしても、北海道やみちのくでは、山地の湿地や林道脇に普通にミズバショウが咲いていたりします。これが我が郷里だと、わざわざミズバショウの自生地..尾瀬や玉原など奥利根エリア..まで行かなければなりませんから、やはりこちらは緯度が高くより寒冷であることを証明..本種は北方系の植物に分類される..していますね。
そして今日も陽炎にゆらゆら揺れるクマの姿を。こう連日似たような環境下でクマがうろつく姿を見かけるようだと、冬眠明けのラッシュだったのかと、ついぞ勘ぐりたくなりますね。何れも単独で遠目にも大きいのが判るので、雄であろうことも想像つきます。
そしてこちらも陽炎ゆらゆらの天狗様。こうしてワシとクマが生息しているというこの自然度の高さこそ、未来永劫守られるべきみちのくの、いや日本の素晴らしき共有財産。経済性を優先したつまらん観光地化された場所でなく、こうしたエリアこそ日本が世界に誇るべき自然遺産だと断言できますね。いやマジこれ本音です。
マンサクなどと並んで早春の黄色い花の一つであるバッコヤナギが満開。ヤナギの仲間は総じて花が早いですが、バッコヤナギは雪景色に似合いますね。
昨日は終日春の雨で、それでいて今日は比較的気温が高かったせいで、午前中は視界が霞でボンヤリとしていました。遠い谷奥の尾根伝いの雪庇下を、今日も冬眠明けのクマがゆるゆると歩いているのが目に入りました。
先週までは桜咲く春を満喫していたのが、今週は一転して雪景色へと逆戻りです。でも春はしっかり進行中で、渡来したてのクロツグミがキョロンキョロンと到着の歌を奏でていました。
意図的にこの人たちに探しているわけではないですが、スコープの視野の端にうごめくものあれば一応確認。時期的にはそんなものかと思いつつ、上州人にはこの雪景色にこの影はまだ違和感あります。と言うか当の本人たちが一番そう感じているかもしれませんが。今出てきても食べるものに困るとは思いつつ、劣悪な飼育場よりははるかにマシでしょうか。生きる自由と何より死に際を選ぶことが出来るだけ..
先日の秋田八幡平の熊害事件。雪の吹き溜まりの山を登ってヒグマが場外へ脱走、ってまるで小説「ファントム・ピークス(北林一光著)」のワンシーンのようだ。
しかし日本人はクマ牧場が好きな民族である。動物園ではそれほど人気もなく地味な扱いを受けているのに、なぜかクマ単独..ここではヒグマもツキノワグマもとりあえずクマとして扱う..で牧場なるいかにも適当な名称で一ヶ所に集めて集客しているのだ。
季節を問わずクマが里に姿を見せれば、やれ異常出没だの何だのと大騒ぎしてさも害獣的な扱いをするくせに、その反面、古くからぬいぐるみや、近年ではゆるキャラなどでキャラクター化して、幼少期からクマは可愛い生き物であるという刷り込みを行なっている。
凶暴性を覆い隠して眺めてみれば、クマはその風貌からおっとりしたイメージがついて回る。動物園の囲いの中でバットをクルクル回したり、サーカスで一輪車など乗っている姿はたしかに滑稽。しかし、ひとたび野生の深淵に生きるものが持つ、その秘めたる強大な力が遺憾なく発揮された時、人ごとき脆弱な生きものはひとたまりもなくあっけない。
クマは季節によって餌場に集まることもあるが、基本は群れずに単独生活をする。このような生活環境が彼らにとって好ましいはずはない。
「よう、元気か?こっちはまあまあ上手くやっているよ。」と言ったかどうか。などと檻の外から眺めているうちは笑っていられるものの、同じ立ち位置に着いた時点で人はクマよりも下位に順位付けされるのだ。人よ、くれぐれもおごる事なかれ。
みちのくのブナ林で踏査中。実体はまだ見てないですが、古傷に上書きされた新しい爪痕などそこここにクマの痕跡を見かけます。休憩中には不意にあの独特の獣臭を感じたりして、ひっそりと息づく野生の息吹に思いを巡らせています。ようこそ、みちのくベアカントリーへ..
我が村ではこの夏はクマの出没が多く見られました。直接の原因は知るよしもありませんが、我が地区にあるゴルフ場の6番ホールに出た時は、地元の消防団も出動する騒ぎになりました。対応に出撃した青年団の若ぇ衆も文句たらたらでしたが、万が一見つけたとしても、ホースで水をかけるくらいしか手の打ちようがないですねぇ(笑)。取り敢えずというか対策として近隣の林縁部の見通しをよくするため、除草をすべしと提言しておいたところ、早速出没場所に近いエリアの下草刈りを行ったようです。クマは行動中に体をさらすことを嫌がるので、これで少しは効果があるでしょう。
季節外れの北風が猛烈に強く吹きすさび、しかも北から南から地震続きでどうしたもんかと悩みましたが、明日から県外へ出張続きとなるので、時間がないのを押してバタバタと踏査に出掛けてきました。もちろん用向きは今月に入ってから集中的に行っている、天狗様の営巣状況確認の続きです。
マンサクの咲く尾根筋はところどころ雪庇状態となっており、慎重に歩を進めます。
結構古いものですが、なんともこれ見よがしですな..
谷筋で拾ったヤマドリの尾羽。周囲をザッと探しましたが、捕食痕は見つけられなかったので、単なる喚羽だったのかもしれません。ヤマドリの羽はもう何枚もコレクションしていますが、いつ見ても美しく見飽きない、まさに自然の造形美ですね。
暖かい、いや暑いと言うべきか。つい数日前までの状況と比べれば、とても4月上旬とは思えない陽気です。三分咲きだった高崎界隈の桜も、昨日辺りから一気に開花したと仕事仲間から聞きました。奥山の天狗谷II(仮称)でも、春を陽気に謳うシジュウカラの横で、いつもは落ち着きのないハギマシコたちが、どうしたもんかと思案顔でした。とりあえずこの分だと、評判の悪い例の計画停電もしばらく無さそうですね。
昨日同様に抜けるような青空を、雌天狗が高速で駆け抜けていきます。すぐ後に続く雄天狗共々、向かった先は某所。
天狗谷I(仮称)のペア..今日はIとIIの2ヶ所をハシゴ..を追い始めて十年以上が経ちますが、今日は以前から気になっていた某所の狩り場利用を、初めて観察することができました。某所とはいわゆる人為的且つ恒常的な裸地環境であり、全国的に狩り場喪失が進む天狗様の生息環境にあって、それなりに重要な場所だと早くから認識していました。が、如何せん、そこに関わるデータがまったく取れていなかったのです。遠望できる尾根筋から定点観察したり、林縁部近くにブラインドを張って張り込んでみたりと、過去色々試してきたのですが、いざ結果が出る時は案外あっさりといってしまうものです。特定のペアの観察例数として、その分母では誰にも負けない自負がありますが、見えない行動、見えてない場所、まだまだ沢山ありますね。
春山の楽しみの一つはクマ探し。もちろん視線は常に天狗様の姿を探しているのですが、尾根や斜面を右から左から、谷筋を上から下からとスコープで隈無く探していると、時々冬眠明けと見られるクマの姿を見つけることがあります。残雪の上をよたよた歩くクマの姿ほど、ほ乳類で春を感じるものはありませんね。写真の谷は昨年クマを見つけた場所ですが、今日もそれらしい足跡を遠目に見ることができました。
奥山と言えど低標高部にはさすがにもう雪はありません。林道を伝って谷沿いから見上げた際には大丈夫だと思い、登り口にスノーシューをデポしていったのですが、北向きの斜面や尾根部には思いの外まだ残雪が見られ、ちょっとアプローチに苦労しました。
この世の終わりがごとき騒動であったクマ狂想曲も、ここにきてようやく一段落付いたようです。ただそれはクマが冬ごもりしたわけでもなく、はたまた駆除絶滅してしまったわけでもなく、単にマスゴミがネタとして興味を失っただけの話..昨今は尖閣問題とか北朝鮮砲撃事件とかマスゴミ的大事件が目白押し..であって、今日もどこかでクマは山と里の狭間を、餌を求めて闊歩していることでしょう。
やれ今年は猛暑の影響でドングリが不作だの、ブナの実が付いてないだの、山の実りが今ひとつだのと、どいつもこいつも好き勝手騒いでいますが、日本全国一斉に不作なわけもなく、それぞれ地域によって実情はかなり違います。私がフィールドにしている利根の山や里付近も、確かにミズナラの実のなりが良くない地域もありますが、堅果類が総じてそう極端に悪いわけでもありません。特に山栗などは平年並みかそれ以上のできなので、写真のようにクマ棚が一斜面に雨後の筍のごとく見られる場所もあります。
世の中にはクマはドングリしか食べないと思っている人たちがいるようですが、そもそもクマは雑食性なので、その時期に大量に手に入る食物を、特に好んで食べる傾向が強い..故に執着心も強い..生きものなのです。春には山菜やタケノコ、初夏にはフキやセリなどの草本類、夏にはアリなど動物性のもの、そして秋には大量に実る堅果類や漿果類等々。たまたま森の中に沢山のドングリがあるからそれに執着するだけのことで、ドングリに代わる他の実りがあればそれはそれでOKなのです。
それに山の実りが全て一斉に不作などと言うことはそう滅多にあるわけもなく、ドングリなど堅果類が手に入れずらければ、ヤマブドウなど漿果類を探して食べています。もちろんそれが柿やリンゴだったりすると里への出没となるわけですが、漿果類でなくとも写真のように山栗の実りが良ければ、食糧事情としてそれで問題ないのです。
民家のすぐ裏手に巨大なクマ棚が。これだけ大きいと長時間にわたって居座ったと考えられ、もしかしたらそこで寝ていたかもしれません。少し下の民家の庭先にはまだ柿の実が残っていましたが、この辺りにクマが出た..クマは普通に生息しているので正確には「見た」かな..という話は、地元の爺さまとの立ち話でも出てこなかったので、この辺りのクマは山の実りだけで十分生活できていると言えますね。
余談ですが、山にクマ棚が見られなくなったから、そこに住むクマが少なくなったと考えるのも早計。わざわざ木に登らずとも食料が手に入るのなら、エネルギー消費を考えてもそれが一番楽なのは少し考えれば判ることです。ドングリを例にとれば、季節的に台風が山を直撃して実が地面に落ちてしまえば、こんな楽な話はありません。で、そんな年は結構クマ棚が少なかったりするもので、その辺りの事情を知っていないと、クマが減ったとまた大騒ぎの元になったりするのです。
今日は月一で行われる某所の鳥獣対策会議に出席。その場で急遽頼まれてクマとサルの話をしてきましたが、今年はクマに押されて?サルのほうは今一つ元気がないようです。午後は北部フィールドのさらに隣接エリアに立ち寄ってきましたが、向かいの斜面ではサルたちの宴の様子が見られました。多分私の知っているいつもの連中だと思いますが、さすがに谷を挟んでの対岸なので、色々な意味でリラックスしていたように見えました(笑)。